劇団四季創設者で演出家の
——**浅利慶太**先生の言葉を、今あらためて思う
本番を一週間後に控え、
稽古はいよいよ最終段階に入っています。
そんな今、
ふと何度も思い出す言葉があります。
かつて
浅利慶太先生は
「芝居ができるようになるまで、10年かかる」
とおっしゃっていました。
若い頃、この言葉を聞いたときは、
正直なところ、
「そんなにかかるものだろうか」
と思った記憶があります。
でも今は、
その言葉の重さが、
少しずつ身体でわかるようになってきました。
芝居には、
歌のような音程も、メロディもありません。
あるのは、ただ言葉だけ。
だからこそ、
そこに「正解」というものは存在しません。
役は、
生きて、動いて、変わり続けるもの。
同じ言い方を、
同じリズムで繰り返してしまった瞬間、
それは芝居ではなく、
ただの「暗記」になってしまいます。
いつも同じ音程、
いつも同じ間で出てくる台詞は、
もう生きていない。
芝居は、
感情を台詞に込めることではありません。
むしろ、
感情を込めようとする自分の意識を
どれだけ手放せるか、という作業に近い。
自分の癖、
考え、
やり慣れた形。
それらを一度すべて洗い流し、
ただ役として、
そこに立てるかどうか。
それができるようになるまでに、
確かに長い年月が必要なのだと思います。
そして、
一度できたら終わり、という話でもありません。
身体は変わり、
年齢も重ね、
環境も変わる。
そのたびに、
また同じ作業を繰り返す。
そう考えると、
「10年かかる」のではなく、
「10年かけても、まだ続く」
ということなのかもしれません。
感情を足すより、
そぎ落とす方が難しい。
芝居は、
上手く見せることよりも、
余計なものを手放し続けることの方が、
ずっと難しい。
本番を前に、
今あらためて、
原点に立ち返っています。
———
※現在、1月11日(日)上演の舞台に向けて、稽古を重ねています。
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