舞台を観に行くと、
たとえば主役でなくても、
思わず目が行ってしまう人っていませんか?
特別なことをしているわけではないのに、
なぜか視線を引き寄せられる。
きらりと光る何か。
それが、いわゆる「華」なのだと思います。
舞台で見えてしまう「華」というもの
かつて劇団四季創設者の 浅利慶太先生 は、
「華とは、もって生まれたものだ」と語っていました。
努力・鍛錬によって、
技術は向上します。
歌も、ダンスも、芝居も、確実に良くなる。
けれど、
舞台に出てきた瞬間の「華」だけは、
努力ではなかなか変わらない。
それは、
出てきただけで空気が少し動くような、
そこだけ別の照明が当たっているような、
立っただけで人の視線を引き寄せてしまうような、
説明のつかない引力のようなものかもしれません。
私自身、これまでボイストレーナーとして
何千人という方の声を聴き、レッスンをしてきました。
すると、ごく稀に、
玄関の扉を開けた瞬間に
「あっ」と感じる人がいます。
その姿を見ただけ、
まだレッスンを始めたわけでもなく、
声も出していないのに
ただそこに立っているだけで、何かが違う。
ああ、これが「華」なのだと、
そのたびに思います。
技術は磨ける。
でも「華」だけは中々変えることができません。

けれど、
華があるからといって、
それだけで舞台に立ち続けられるわけではありません。
技術を磨かなければ、
その華はやがて消えてしまう。
逆に言えば、
もともと華がなかったとしても、
努力によって感覚が研ぎ澄まされていくと、
その人なりの華やかさは、
少しずつ立ち上がってきます。
生まれ持ったものではなくても、
努力した証は、必ず舞台に現れる。
だからこそ、
華があって、なおかつ努力を続けられる人は、
本当に強い。
舞台の世界は、
目に見えるものよりも、
見えてしまうものの方が多い場所です。
これからも、
稽古場や舞台で感じたことを、
少しずつ言葉にしていきたいと思います。

